今回はコピーライティングの鍛錬方法について

『人間性を磨く』

という観点から言及していきたいと思います。

人間性の向上=コピーライティング力の向上

およそ二年ほど前、私は師匠から

『コピーライティング力の向上=人間性の向上という図式は合理的です』

といわれたことがあります。

それからというもの私は

「師匠がそういうのだから間違いは無いのだろう」

と思い、人間性を鍛錬することを自分の課題としてきました。

しかし、二年前の私には

「そもそも人間性ってどういうことなのだろう?」

「人に優しいとか?常に努力ができるとか?」

といった感じで本当に漠然としか

『人間性』

の意味がわからなかったのです。

ですが、師匠からいろんなことを教えてもらう中で、
少しずつですが私にも見えてきたことがあります。

それは決して正しい答えではないかもしれませんが、
私が今のところたどり着いた人間性の意味とは、

他者の幸福を想い、他者の幸福のために行動ができ、
よく学び分別があり、最善の選択を苦労をいとわずに選び、
絶対に不正を犯さず、必ず約束を守れる人間

だと思うようになりました。

それが正しいかどうかは本当に分からないのですが、
私にはそういう人間こそ人間性に優れた人であり、

人格者

だと思うのです。

また、上で挙げた要素は全て大事だと思いますが、
その中でも特に

「他者の幸福を想い、そのために行動ができる」

という点は絶対に欠かせないと思っています。

何故私がそう思ったのかというと、
私なりに「人間性が高い」といわれる人物や
「人格者」といわれるような人物について調べる中で
多くの人はそういう

「多くの人の幸福に貢献した人物」

のことを人格者だという傾向がありますし、
何より私自身、そういう人を

「偉大」

だと思うようになったからです。

つまり、人間性を磨き、人格者へと近づいていくほど、

「他者の幸福を想い、そのために行動ができる」

ようになっていくものだと思うのです。

そして、その「自分なりの答え」にたどり着いてからというもの、
私は意識的に「人間性」を磨こうとしてきました。

他の人の幸福を想い、その為に何かできることをしてみる。

合理的に考え、たとえ苦労しそうでも最善の選択肢を選ぶ。

絶対に不正を犯さず、必ず約束を守る。

こういうことを意識的に行ってきました。

そうこうしているうちに私は、上で「人格者」として挙げたことが、
日常生活の中で全くできていなかったことを痛感したのです。

私は人間性があるとは到底いえないほど

「自分勝手」

な人間だったのではないかと思います。

いつも自分の幸せばかりを願い、
自分の幸せの為だけに行動をして、
苦労をすることから逃げて楽な道を選び、
不正を働いたことも正直、一回や二回ではありません。

例えば、私は人から馬鹿にされたくないとか、
人から見下されたくないという思いがあって、
本来なら努力をして実力を付ければいいだけなのに、
弱みや欠点を隠して外見(みてくれ)ばっかりかっこつけて

「人をあざむいて小さい自分を大きく見せようとする」

ことをしてしまっていました。

心底くだらないですよね。

今でも正直、私には人間性が「ない」ですが、
昔の自分は人間性が無いを通り越して

「マイナス」

だったと自分で感じます。

ただ、師匠に出会うまではそんなことに全く気づかず、
師匠と出会ってからそういう自分の甘さや弱さや駄目さが見えてきて、
今、私はそういう自分の欠点を必死で直そうとしているところです。

今現在の私はまだまだ甘いところが沢山あり、
日々、一日の終わりに自分の思考や言動を振り返っては

「ああいう状況ではこうするべきだった」

とか、

「何故あそこで、ああいう風に考えることができなかった」

とか、

「あそこで自分は誘惑に負けたな」

など自己反省が尽きません。

あまりに至らないことが多すぎて、今まで24年間、
よく恥ずかしげもなく生きてこれたなという感じです。

ですが別の見方をすれば、そういう人間性をもち、
そういうくだらない生き方をしてきたからこそ今の私は

「凡人以下」

でしかないのだと思います。

それでも幸いにも何不自由なく生きてくることができたのは、
両親や恩師達、自分よりも遥かに大人な友人達のおかげでした。

そして、そういう周りの偉大さに気付く事も無く

『周り(特に親)の助けが無くても生きていける』

と思っていた自分をこの上なく恥ずかしく、
そして「イタイ」やつだったと思います。

大学をやめ、社会に出てひとりで生活を始め
短い期間でしたが会社で働いたり、
インターネットで稼ぐようになり、
もう二年と少しが経ちますが、

「今までどれだけ親や先生、友人、社会が自分を助けてくれていたのか」

ということが凄くよく分かりました。

いろんなことを自分でやるようになって初めて

「ありとあらゆることを周りが自分の代わりにやってくれていたんだ」

ということに気付いたのです。

そして、社会に出て働くようになって初めて、

「サービスを提供する側の苦労や気持ち」

や、

「商品やサービスを提供する会社の存在へのありがたみ」

を感じるようになりました。

いかに自分が「勘違い人間」だったのか、
社会に出て痛いほど感じるようになったのです。

そして、これまで自分を育ててくれた周囲の存在に気付いてから、
だんだんと心の中に感謝の気持ちが芽生え始め

「恩返し」

をしたいと感じるようになり、前よりもほんのわずかだけ

「他者の幸福を想い、その為に行動する」

ということが簡単にできるようになりました。

そうこうしているうちに一つ気付いたことがあります。

それは、他者の幸福を想いながら行動すると

「人間関係が上手く回り始める」

ということです。

少なくとも、自分の幸福「だけ」を願い、
その為に行動しているときよりは遥かに
周囲の人間と深い関係になれるように感じます。

そして、他者と深い関係になることができれば
表現はちょっと悪いかもしれませんが、
そういった人たちに対して少なからず、

「影響力」

もでてくるのです。

私の考えや意見を真剣に聞いてくれたり、
実際に私の意見に沿って行動してくれたり、
こちらからは何も頼んでもいないのに
積極的に協力してくれたりするようになります。

これは、私が自分の幸福だけを願い、
自分の幸福の為だけに行動していたころには
まず間違いなく「無い」ことでした。

そういうことをきっかけにして私は初めて

「他者へ影響力を持つための最善の道は、
他者の幸福を想い、その為に行動していくこと」

だと感じるようになったのです。

そして、それは

『人間性を磨いていくこと』

にほかならず、
自らの人間性を磨き上げていってこそ

「他者への大きな影響力」

が生まれてくるのだと思うようになりました。

そこでようやく師匠が言っていた

「コピーライティング力の向上=人間性の向上」

という言葉が私の中で腑に落ちたのです。

コピーライティングというスキルは
文章で人を動かす為の術であり、
文章で読み手を動かしたいのであれば

「読み手の幸福を想いながら文章を書くこと」

が何よりも大切なことで、
それはつまり、

「人間性を向上させること」

に他ならないのだと思います。

それからの私は人間性の向上を図ることこそ、
コピーライティング力の向上への

「最短距離」

だと確信するようになりました。

『読み手の幸福を想い、その為にコピーをつづっていくこと』

それが絶大な影響力を持つコピーになると今の私は信じています。

引き続きコピーの鍛錬=人間性の鍛錬を続けていくつもりです。

私は決して上からものを言えた立場ではないのですが、参考にしてみてください。